Giovanni Agneli その3 古き高貴なイタリアは失われつつある


“古い魚雷艇を改造して、豪華なマホガニーを敷き詰めた Gianni のプレジャー・ボート”


現会長の Sergio Marchionne 氏が改革するまで、過去イタリアでは、フィアット・グループとまったく関係なく生活している人はほとんどいなかった。自動車、バス、トラック、電車、船舶、農業機械から、電力、製鉄、石油、建設土木はもちろん、金融、保険、食品、流通、出版など、グループの活動内容は非常に幅広く、イタリアではフィアット・グループの恩恵を受けずして生活することは、まず不可能だった。
事実上、イタリア=フィアットと断言してよい状況だったのだ。


 Gianni は、このグループを統率しているわけですから、当然、彼の権力はイタリアNo1。大統領が1年のはじまりに最初に挨拶をするのが、Gianni だと言われていた。ちなみに2番目はローマ法王です。
 ポーランド人のローマ法王(Ioannes PaulusⅡ)とも Gianni はもちろん旧知の仲で、それを象徴するようなできごとがありました。
 その頃、日本のあるメーカーがポーランドのメーカーと小型車を共同生産する計画を掲げていたんですが、同時にフィアットも同じような計画を持っていた。話は日本側に有利かのように見えていたんです。誰の目にもね。ところが、僕が偶然、フィアットの人間と話をしていると、彼が言うんです。「心配はしていない。あの国を助けているのは誰だと思っているんですか」とね。
 実際、この計画は最終段階になって、どんでん返しが起こり、フィアットに決まりました。ローマ法王と Gianni が抱擁している時、 Gianni が「お願いします」と言ったのか、法王が「心配はいらない」と言ったのか……。それは映画の見過ぎかもしれませんが、僕はこのとき Gianni Agnelli という人が持つ力を改めて思いました。
 でも、僕が彼を好きなのは、こういう面でもなければ、いつも日焼けしているからでもない。高齢にもかかわらずスキーをしていたからでもない。もちろん、そういうことは格好いいなあとは思いますが、僕が彼をいいなと思うのは、やっぱり彼が本当の自動車人 クルマをこよなく愛しているところですね。僕は、クルマが好きな人が好きで、それが自動車メーカーの人になると、余計、嬉しい気持ちになります。クルマはクルマが好きな人が作るべきだと思っているから。
 彼は長い間、フィアット131レーシングに乗っていました。護衛のクルマが3台も4台もついていますが、どうやっても彼のクルマが一番速いから、いつも先頭はGianni です。その後ろを必死になって護衛が追いかけている。


“Fiat 131 Racing”


 1982年、フェラーリフィアット傘下に入ったことで、Gianni が何が何でも、イタリアのクルマをよその国に渡したくなかった、手中におさめたかったんだ、という見方があります。もちろん、それもあっただろうけれども、彼はもっと純粋に、フェラーリに自由にクルマを作らせたかったし、F1も続けさせたかったんじゃないでしょうか。


“1959 Ferrari 400 Superamerica Coupe Pininfarina specially built for Fiat-boss Giovanni Agnelli.”


 フェラーリにコンプレックスを持っていたという人もいますが、それを言うなら、Gianni がもっとも欲しかったのはランチアです。昔からトリノの要人は、大衆車のフィアットではなくてランチアに乗っていた。Agnelli 家は、ですから、ランチアに強い劣等感があったんです。そのランチアフィアットに負け自動車界から追い出されることになって、借金だらけで買うにも値しない、というところを、筋だけは通すといって1株1リラで買った。それくらい欲しかったんでしょう。
 今のイタリアはベルルスコーニ首相に代表されるように、金融とかマスメディアとか、モノを作らない業種の人たちが国を動かしている。昔はフィアットとかオリベッティとか鉄鋼業界とかね、直接的に何かしらモノを生産している企業が国を動かしていたし、トップの人間もそういう業種の人間が多かった。僕は、つくづくイタリアの体質そのものが変わってきたなと思います。
 フィアットのクルマがイタリア国内でマーケット・シェアを落としているのも、そういう、イタリアという国の体質変化とも無関係ではないと思うわけです。おそらく、高貴な企業家であれだけのスケールを持つイタリア人は、Gianni Agnelli が最後になるんじゃないでしょうか。そう思うと、僕はますます Gianni Agnelli が愛おしく思えるんです。
(内田盾男著“La Mia Macchina!”1995 より)

Gianni Agnelli が乗っていたランチアのストレッチ・リムジン。


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