The Legend of Tazio Nuvolari Part 5


Bugatti 35B


 1927年、Nuvolariは、同じイタリア出身の若きドライバー、Achill Varziと組んで、Bugatti 35Bを2台買い、レーシング・チームを設立した。 Varziも、モーターサイクル・レーサーであり、無鉄砲な Nuvolariとは正反対に、冷静なレース運びで知られていた。
 2人は長年にわたり、友人として、また良きライバルとして優勝を争うようになった。このチームには Decimo Compagnoniという名メカニックが参加した。Compagnoniは、Nuvolariにとって終生の友であり、協力者となった。
 一方、Nuvolariの家庭では、次男坊の Albertoが誕生した。長男の Giorgioは9歳となっていた。
 Nuvolariは2人の息子を可愛がったが、レースで各地を転々とするため、家に落ち着くことが少なく、出先から愛情のこもった手紙を息子たちに書いていた。
 Nuvolariと Varziのチームは、数々のレースで優勝した。Nuvolariが勝てば、次は Varziというように、2人はつばぜり合いをしながら、優勝回数を増やした。そのような2人だったからチームが数年で解散したのも仕方の無いことだった。Varziから解散話が切り出されたが、Nuvolariはあっさりとそれを受け入れたのである。



 1930年の春、Enzo Ferrariに口説かれた Nuvolariは、Alfa Romeoのレースを請け負っていた Scuderia Ferrariと契約、Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sportにて Mille Migliaに出場することとなった。
 スタートの順番はくじ引きで決められていたが、Nuvolariのスタートは夜明けとなった。しかも、ライバルの Varziの後だったのである。Varziも Alfa Romeoでレースに参戦することになっていたのだ。スポーツ新聞の記者達は、この2人に注目した。
 2人は、スタート・ラインで、にこやかに握手したが、相手を見つめるお互いの目には闘志の火花が飛び散っているようだった。
 まもなく、Varziがスタートした。1分後に、Nuvolariもスタート、後を追いかけた。Nuvolariの同乗者は Battista Guidottiである。
 Mille Migliaは公道レースなので、他のクルマや馬車等を避けながら走らなければならない。しかし、Nuvolariがスピードを緩めることはなかった。100km/h+で、クルマや馬車を巧みにかわしながら、次々と追い抜いた。そのステアリングさばきは、まるで、軽業のように鮮やかなものであった。コーナーや障害物が多ければ多いほど、Nuvolariの運転は冴えるのであった。



Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport


 Romaに到着した時、Nuvolariはトップを走っていた。しかし、Varziも負けてはいない。直線コースで、Nuvolariを抜き返し、トップに立った。他の車はかなり遅れて、レースは Nuvolariと Varziの一騎打ちとなった。
 ゴールまで後 200kmの町で、Nuvolariは、コース・マーシャルからサインを受け取った。
「トップとの差は、2分」
 これを見て、Nuvolariは同乗者の Guidottiに言った。
「Varziの奴は、もう勝ったと思っているにちがいない。そこが奴の弱みさ」
 Nuvolariのクルマは、1分遅れてスタートしているから、あと1分以上差を詰めれば優勝できることになる。だが、2台のクルマは性能が同じ Alfa Romeo。差をつける手段は、操縦技術だけである。
 Nuvolariの操縦は、さらに凄まじくなった。カーブに侵入してもアクセルは踏みっぱなしでドリフトを繰り返していた。
「これでは、目的地はゴールではなくて、天国だよ」
 助手席の Guidottiがそう思うのも無理はなかった。当時のクルマに安全性など微塵もない。ロールバーは勿論、シートベルトもない状況で、彼は冷や汗をかき通しであった。
 ゴールまであと 50kmに迫った時、辺りが暗くなっていた。ヘッドライトを点灯すると、遥か前方に小さく赤いテールライトが見えた。
「 Varziだ。差は 20秒ぐらいだろう。つまり、40秒こちらがリードしているってわけだ」
 Guidottiは優勝を確信して、Nuvolariにスピードを落とせと忠告した。
「いや、Varziにとどめを刺してやろう」
 Nuvolariがとった行動は驚くべきものであった。スピードを落とす代わりにヘッドライトを消してしまったのだ。それから Varziの小さく光るテールライトを目標に、闇の中を疾走したのである。危険極まりないことであった。
(皆の言うとおり、やはり Nuvolariは狂っている……)
 もはや助手席の Guidottiは、生きた心地がしなかった。
 一方、Varziの視界からは Nuvolariが消えていた。彼のクルマがトラブルを起こした。そう感じた Varziのペースは落ちていった。
 ゴールまで3kmの地点で、Nuvolariはガス・ペダルを床まで踏み込んだ。スーパー・チャージャーが悲鳴を上げ、直列6気筒エンジンの回転数を示すタコメーターは振り切れんばかりとなった。次の瞬間、Varziを抜き去ったのである。それから、またヘッドライトを点灯して、一気にゴールを目指した。
「 Nuvolariの奴、いったい、いつの間に……」
 Varziは呆然とした。その間に Nuvolariはゴールに飛び込んでいた。



Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport