偉大なるドライバー Rudolf Caracciola Part10 MERCEDES-BENZ W154


MERCEDES-BENZ W154
V12気筒 DOHC 4Valve 2962cc 425ps/8000rom

 1938年のフォーミュラーは、3リッター過給、4.5リッター非過給が決定された。それ以前からV12過給エンジンの開発を MERCEDES-BENZは行っていた。それまでの750㎏フォーミュラーで実証されていた直列8気筒エンジンと決別したのだ。
 AUTO UNION開発陣の Porsche博士がレーシングカーの理想としてミドシップ、リア・アクスル・オーバー・ハングという進歩的なレイアウトを採用したが、当時のタイアのグリップ性能では、その利点を活かしきれなかっただけではなく、操縦が難しいクルマだった、というのが事実だ。それを乗りこしていたのは、速度記録挑戦で無残に散った Bernd Rosemeyerだけだったのだ。
 それに反して MERCEDES-BENZはオーソドックスな前置きエンジン後輪駆動という手法を継承して、重量配分の適正化、サスペンションの改善など、従来の形式を熟成させることにより、よりすぐれた接地性と操縦性を追求した。
 結果として先進性の AUTO UNIONのドライバー達は常にコントロールしにくいオーバーステアに苦しんだのに対し、Caracciolaら MERCEDES-BENZのドライバーは、その操縦性に満足していたのである。Caracciolaの自伝はもちろん、Neubauer監督の回想録にも、AUTO UNIONのミドシップの優越性に言及した記述はないし、自車への不満も一言も書いていないことでも推測できる。
 元ホンダF1監督の中村良夫氏はその著書にて「実質的にレースを見るかぎり、メルセデスの方が賢明であったということになるのであろう。賢明というよりも、よりプロフェッショナルであったというべきかもわからない。その意味ではアウトウニオンは新奇好みのアマチュア的であった」と、Porsche博士を断罪している。

 エンジンは 67㎜x70mmというスクエアに近い 2962cc、MERCEDES-BENZ伝統の鋼製シリンダーにウォーター・ジャケットを溶接する構成をとり、一体クランク・シャフトに7個の分割型ローラー・ベアリングで支持している。排気弁は、航空エンジン技術を転用したナトリウム内封冷却方式を採用している。
 2個のルーツ型コンプレッサーは、自社製キャブレターの後ろに配置されている。当初は 8000回転で 425馬力を発生したが、シーズン後半までには 466馬力にまでパワーアップされている。
 このV12エンジンは車体中心から斜めに搭載されており、ドライブ・シャフトは斜めにシャシーを貫通して、リア・マウントの5段ギアボックス及びファイナル・ドライブを経てド・ディオン形式のリア・アクスルを駆動している。ドライブシャフトを避けてドライバー・シートを低くし、なおかつ充分なコクピット・スペースを得るためである。これにより格段に着座位置が低くなった。
 燃料は 86%メタノールに、ニトロ・ベンゾール、アセトン及び硫化エーテルを混合したものだが、燃費は 1km/Lという凄まじいものであって、スタート時には450リッターに近い燃料を積んでいた。全備重量 1200㎏。レース中、燃料残量が低減するに従いドライバーはリア・ダンパー・セッティングを手動で変更して調整するようになっていた。


 サスペンションは成功した W125の発展形で、前輪Wウィッシュボーンとコイル・スプリングによる独立懸架、後輪はド・ディオン形式で縦置きトーションバーとC断面のラジアス・アームで支持している。前輪Wウィッシュボーンのバンプ・リバウンド・ストロークは 88㎜と大きく、固くあれば良いとした、50年にわたるレースカーのサスペンション思想から完全に脱却している。これにより接地性、操縦安定性だけでなく、乗り心地まで大幅に改良されている。これによりドライバーの疲労は軽減され、しいてはレースでの勝利につながったのである。