櫻井眞一郎が認めないケンとメリーのスカイライン 

11歳の頃、4代目スカイライン(C110)は憧れのクルマだった。日本車には珍しいブルーメタリックが似合っていた。
白人に弱い日本人気質を狙ったケンとメリーというモデルを使ったCMが大当たり、現在に至るまで歴代スカイラインの販売台数1位のクルマとなっている。
しかし大きく重たくなったボディと排ガス規制で、先代のC10のような動力性能は見込めず、CMでもATがメインになっていた。やっとこさ出たGT-Rは牙を抜かれており、歴代GT-Rの中で唯一サーキットを走っていない。
売れるクルマ=名車とは必ずしも言えない良い例である。

設計主任の櫻井氏はその著書「スカイラインとともに」於いて以下のように記している。


 何をなすにも目的があり、対象があり、根底には愛がある。どうしたら相思相愛になれるのか。車と人の関係も恋愛と同じだと思う。
 しかし、相思相愛と大衆迎合はまったく意味が違う。大衆という集合の好みは十把ひとからげにして把握するようなものではない、ということに気づいている自動車屋は案外少ないのではないか。
 大衆に迎合したらいい車がつくれない…私の持論なのだが、決して、大衆をばかにしているわけではない。実態のない対象に対してあるかのように接したら、即座に大衆にそっぽを向かれることを知ったうえで言うのである。
 しかし、1人のドライバー、1人の恋人は何を望み、何を好み、どうしたら気持ちを向けてくれるか、こちらがその気になれば知ることは可能なはずである。
 私は講演会や説明会などお客さんと対話する機会を大事にした。実際にドライバー個人に接して肌で感じ、直接意見を聞き、感触を積み重ね、「これだ」というコンセプトに導いた。
 スカイラインは大衆車を目指したけれども、結果として少数にしか愛されなかった。少数だが熱烈に愛されてきた。スカイライン・フィロソフィーがはっきりしていたからである。
 人間が触れ、感じる部分すべてに、瞬時に「情が通う」ことを念願として設計した。結果として「情の強さ」が際立って「羊の皮をかぶった狼」と呼ばれるような硬派の車が出来あがった。
(中略)
 自分で設計した車ではあるが、そういう意味合いで、「ケンメリ」はあまり好きではなかった。旧プリンス技術陣と日産技術陣の板挟みになった中川さんに心から同情して、数多く「売れる車を」つくるために、私は妥協したのだが、それが誤りだったということを、「ケンメリ」で痛いほど思い知らされた。
 羊の皮をかぶった狼が、本当に羊になってしまった……。
 これほど骨身にこたえた批判はなかった。
 スカイラインは、やはり、スカイラインであるべきだ。
 私は「天の声」を聞いた思いだった。

櫻井氏が納得して設計した最後のスカイラインは「鉄仮面」と称された6代目のR30であった。
しかし、市場では不評で、販売台数は一番売れた4代目の半分以下の成績であった。商売としては大衆迎合のうまいトヨタには敵わなかったのである。

RS-TURBOには、半年ごとにエンジン出力が向上し、営業マンはそのたびにお客さんに謝っていたという伝説があったと言われている。