The World's Worst Cars Part6
OGLE SX1000(1961-1963)
このゴロンとした不格好な、およそスポーティーとは縁遠いデザインのクルマは、Mini をベースとしたクーペ。エンジンはBMCのAシリーズを使用している。最終的には Mini Cooper S のエンジンを搭載し、グラスファイバーの軽量ボディで最高速度180㎞/hを誇った。
デザインは David Ogle。しかし、彼は OGLE SX1000 を運転中に高速カーブで事故死。自動車誌ではボディの弱さとハンドリングの不安定さが指摘されていたという。
生産は当然のことながら打ち切られた。
STUDEBAKER AVANTI(1963-1964)
デザインの巨匠 Raymond Loewy による奇抜な失敗作。
彼は、消費者の中に潜む「新しいものの誘惑と未知のものに対する怖れ」との臨界点をMost Advanced Yet Acceptable(先進的ではあるがまだ受け入れられない)、略して「MAYA段階」と名付けているのだが。奇怪なフロントマスクは一般受けせず品質も悪かったので1年あまりで生産を終了。STUDEBAKER はその歴史を終焉させることとなった。
TALBOT TAGOLA(1980-1983)
1978年、プジョーがクライスラー・ヨーロッパを買収した際、クライスラー180の後継車として開発された高級車。信じられないが、これでも高級車なのである。
PSAグループには同クラスのクルマとしてプジョー505やシトロエンCXが既にあり、当初から苦戦が予想されたが経営陣はゴーサインを出してしまう。
どことなく2代目トヨタ・カムリにも似た、どこにも特徴の無いデザイン。そして内外装はサビに弱く、すぐにボロボロになる始末。多大なる損失をPSAに与え、3年で生産は打ち切られた。
VW K70(1970-1974)
それまでビートルの空冷エンジンを生産し続けていたVWの初の水冷エンジン車。
1969年に買収したNSU社のデザインを元にした優秀なファミリー・サルーンであったが、それまでのVW車との共通部品がまったくなく生産コストは上昇、結果的にライバルよりも割高な価格があだになり採算割れで、1974年のゴルフ投入と共に生産を終了した。
VW初の水冷エンジンは当初信頼性が低いことも足を引っ張った。
YUGO SANA(1989-1993)
1954年からフィアットのライセンス生産をしていたYUGO。
http://freeweb.deltha.hu/zastava.in.hu/hist.htm
1989年に初めて独自の設計で世に送り出したクルマ。デザインはイタル・デザイン。
肝心の中身は、シャシーはレガータ、エンジン、ブレーキ、足回りはウーノと、すべて古いフィアットの寄せ集めだった。
満を持して発売されたが、初期不良が多発し、仕上げも酷かった。90年代に入り内戦が勃発、セルビア工場が爆撃されたが保険金の支払いが拒否され、同社は倒産となった。