The World's Worst Cars Part2

世界最悪のクルマの続きだ。今回もどうしようないクルマが続く。



AMC PACER (1975-1981)
AMC社の崩壊を決定づけたクルマ。横から見ると、前と後ろを別の人間がデザインしたように見える。後席へのアクセスを容易にするため助手席側のドアの方が長い構造になっていた。信頼性も低く、すぐにサビついた。燃費の良さをキャッチコピーにしていたが、排気量4229ccの直列6気筒を搭載で約6㎞/ℓじゃあねぇ。コンパクトも売りだったが幅が1960mmと大きさは欧州の高級車並みだった。窓の大きさからいって、エアコンの効きは悪かっただろう。



Austin 3Litre(1967-1970)
発表当初から存在理由がわからないと酷評された。オースチンの高級車として送り出すために造られたのだが、当時オースチンBritish Leyland の傘下にあり、グループ内にはジャガーダイムラーといった高級車のブランドがひしめいていたからだ。BLの上層部も不満の声を挙げていたが、それにもかかわらず開発は続けられ、出来あがったのは地味な古めかしいクルマだった。その対抗馬が華麗なデザインのジャガーXJ6というのだから驚く。開発陣はFFのオースチン1800のプラットフォームのホイールベースを無理やり延長してFRに変更。ドアもオースチン1800のものを使用しているが、なぜか開発費は莫大に掛かったらしい。サビに弱く、古式騒然としたオースチン・ヒーレー3000のエンジンを改良して搭載していたが、早々に壊れる代物だった。発売から4年で生産されたのは1万台に満たず、メーカーは生産打ち切りを決定。いまだ生産を決めた理由は英国自動車界の謎とされているらしい。



CADILLAC SEVILLE(1980-1985)
キャデラックの終焉。とにかくリアのトランクの造形はどうにかならなかったのだろうか。当時のジャーナリストはバックで壁に激突したとしか思えないなどと酷評していた。見てくれだけでなく、この造形のおかげでゴルフをすることの多いキャデラックのオーナーからゴルフバッグが2つ入らないと不評、後席のレッグルームも狭く、大切な顧客はメルセデスBMWといった趣味のいい欧州車に流れていった。



FORD MUSTANG Mk.Ⅱ(1973-1980)
フォードの歴史に残る大ヒット作マスタングの面汚し。フォードとしては“Boredom zero”としていたが、初代と比べれば退屈極まりない平凡なスタイル。サスペンションはフニャフニャの柔らかいものに、野生の馬に搭載されたV6、2798ccのエンジンの最高速度は156㎞/hという信じられない駄馬となった。



FORD PINTO(1971-1980)
ピントという名、フォードは知らなかったのだろうが、ポルトガル語で「ベッドで役に立たない男」の意味。直列4気筒1599ccのエンジンを搭載したアメリカ車としてはエコノミーカーであった。値段の安さもあって一時はベストセラーとなったが、後から追突されると給油管が破裂して炎上するという事故が多発。フォードは開発途中からこの欠陥を知っておきながら、損害賠償の訴訟が相次ぐまで放っておいたのだった。1台あたり50ドルかかる改修費をケチりたかったとか。